書籍・雑誌

がらくた

江國香織さんの作品をわたくしは好んでよく読みます。
彼女の持つ独特の世界観。必ずしも、その主人公に全面的に共感できる、という訳ではないのだけれど、江國さんの作品の登場人物の共通項。
偏愛ながらも、決して現実逃避しないその人物たちの精神の健全さ。
たとえば、一人の男への愛は限りなく深く、どっぷりと浸かっているのだけど、そのバランスを保つために他の男と寝る。
たとえば、一人の男と生きるために生まれてきたのだけど、その愛を失っても、ストイックに生きることなどはしない。といった具合に。
江國さんの愛に、プラトニックな愛は存在しない。
雨を好み、本を好み、押し付けず、相手を尊重し、自立し、静と動でいうならば、静の登場人物たちの中に流れる情熱は深い。
わたくしは江國さんの作品の健全さと描く真実が好きなのだと思う。
愛とは、クレイジーで唯一なものなのだと。

がらくた」という作品を読みました。
柊子は夫を心から愛している。夫には常に他に女がいて、でも、それすら受け入れることで柊子は夫を丸ごと手に入れた。二人の関係は周囲には理解できないけれど、二人は周囲も驚くほどいつもアツアツだ。
夫は柊子にも自分以外の男と寝るように勧める。できるだけ、遠くに行ってこい、と。
だから、柊子も時々他の男と寝る。自分のバランスを保つために。
遠くへ行けば行くほど、夫の存在を感じ、離れれば離れるほど愛しい。
母親と出かけたタイのリゾートで柊子はミミという少女と出会う。ミミは美しく、柊子が失った若さと未熟さを持っている。

物語はこのミミと柊子の視点で交互に描かれています。
わたくしはミミの年齢からは遠く離れてしまって、もちろんミミに共感もできないし、柊子のような人の愛し方もできません。
けれど、それでも、こういう関係もアリだな、と思わせてしまう江國さんの筆力と世界観。
江國さんの作品はいつも堂々としている。
登場人物が個性的なのはもちろんだけれど、私はこれでいい、という自信に溢れている。世間に、形に迎合しない。自分が信じるものだけが真実なのだ、と。
柊子と夫は「保身でない」結婚をした。
誰もがどこにでも行く自由があって、それは誰にも止められない。今この一瞬に愛していることだけが真実。江國さんの作品はいつもそう言っている。


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芸術の秋でござる。

こんにちは~。秋といえば…、食欲の秋ですね。秋の味覚食べました?わたくしはまだ栗ぐらいしか食べてません。松茸食べたいなー、と思う今日この頃ですが、来週は焼肉ツアーです。ニクダイスキデス、ハイ。ダイエット中ですが、がんばります。

昨夜はスポクラに寄って激しいエクササイズをし、久しぶりに気持ち悪くなり、グタグタでしたが、深夜3時頃までTVを観てしまいました。なぜなら、宮崎駿さんの特集をやっていたから。とても興味深かったです。
宮崎さんは常々ポニョが最後の作品になる、とおっしゃっていますが、それはご自分の年齢、そして体力的な問題からきているようです。ポニョの制作期間中に撮影されたものでしたが、体力的にかなりタフなようでした。作業量は若い頃の五分の一に減ってしまったそうです。そして、友人たちが先に逝き始め、ご自分の死も意識しているようです。
作業中の独り言にも悲観的なものが多かった気がします。決して言葉数の多い方ではないけれど、だからこそ要点だけが集約された言葉の数々。
時に行き詰まり、時に涙し、時に「あ~、面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい」と繰り返しながら作品は出来上がっていきます。
宮崎さんの映画作りの原点は、絶望感、劣等感にあるようです。幼い頃、病気がちだった母からの愛情が十分に得られなかったこと。愛されない自分は無用な人間ではないか?人を喜ばすことができないのであれば、自分の存在意義はないのではないか?その思いが今も根底に根強くあるようです。とても、興味深いことです。何かを成し得ている人の共通点は、これです。絶望感から始まっていること。

さて、最近わたくしはCDを大量購入しました。普段買わないわたしが、です。溜まっていくのがイヤなんですよね。なので、必要最低限しか買わない主義です。
が、シングル1枚も含め、5枚も買ってしまいました!おかげで必死に聴いている毎日です。皆さんにはツボにはまる曲ってありますか?わたしにはあります。
アバの「ダンシング・クウィーン」はわたくしの人生のテーマソングです。落ち込んだときに必ず聴きます。できれば、大声で歌いながら。すると必ず元気になります。
そして、どんな状況だろうが、何回目だろうが、誰が歌っていようが、どんなに下手だろうが、その曲を聴くと絶対に泣いてしまう曲があります。コブクロの「永遠にともに」。
ダメなんです。あの曲だけは、琴線に触れてしまうんです。間違いなく。何十回と聴いているのに、泣かなかったことはありません。昨年の年末と今年の年始に利用した飛行機の中でコブクロの特集チャンネルがありました。飛行機の中って不思議です。わたしはとっても落ち着くんです。そしてそれまでの毎日がどんなにトッ散らかっていようと、ゆったりと自分と向き合うことができます。そんな中で聴く「永遠にともに」で泣かない訳がありません。「共に歩き、共に探し、共に笑い、共に誓い、共に感じ、ともに選びぃ、ともになぁきぃ、ともにせおいぃ~、ともにいだぁきぃ、ともにまよいぃ~」と鼻水ズルズル間違いなし!です。いや~、音楽ってすばらしい!

さて、いつもながら前置きがかなり長くなりましたが、今日は大好きな本のご紹介です。わたくしは、本が好きです。けれど、好きな本を人に勧めることは押し付ける様でイヤだな、なんて思ってしまいます。なぜなら、本は映画とか音楽と違って、かなり好みがあると思うのです。とても個人的。自分の内側がバレるようで恥ずかしくもあります。
なので、今日はエッセイ。気軽に読むことができるし、好みはそれほど分かれないと思います。
金曜日のパリ」元TBSアナウンサーの雨宮塔子さんのエッセイです。何度か読み返し、今年のお正月のパリ旅行にも持っていったくらいです。(海外旅行にはいつも本を一冊もっていきます。)
わたくしは、彼女好きなんですね。年もそんなに変わらないし、たぶん、近くにいたら友達になるだろーな、と思えるほど波長が似ている(と勝手に思っている)。例えば、根暗なところ、知らない人からは「いつも元気だねー」と言われるところ、人への接し方、初対面の人にいきなり呼び捨てはできないところ、疑い深いところ、キッチン用品に目がないところ、食べるのが好きなところ、そしてパリが大好きなところ。共通点を挙げたら、キリがない。
この「金曜日のパリ」は、そんな雨宮さんがTBSを辞め、単身パリに行き、結婚をするまでの4年間の出来事が綴られた素敵なエッセイです。
決して、明るくはありません。むしろ得体のしれない不安や焦燥感に毎晩のように襲われながら、何かを求め続けた雨宮さんの人間くさいエッセイです。独りで生きることの自由と孤独を自ら選んだ人だけが経験できる密度の濃い時間たちです。とってもチャーミングな人だと思います。
わたくしは初めてパリに行った時、偶然青木定治さんのお店の前を通りました。パリの友人から「ここがあの青木さんのお店」と教えてもらいました。ガラス越しにフルーツたっぷりのケーキや驚く色のエクレアを眺めながら、とても幸せな気分になったことを覚えています。雨宮さんもそうだったようです。でも、青木さんのお菓子はどちらかというとフランス人好み。少し甘味が強い。そんなお菓子を甘いものが大の苦手だった雨宮さんがとても気に入ったというから、これはもう運命に違いありません。
あ、パリにまた行きたくなってしまった。パリは本当に必要なものだけがある街です。誤魔化しができない街。心の声に忠実に生きるには最適な街。だから、皆惹かれるのかも。
青木さんのお菓子は、今は伊勢丹新宿店でも購入できますね。前回買いに行った際に思わず店員さんに聞いてしまいました。「これはパリから空輸してるんですか?」と。
どーやら、東京で作っているものもあるそうです。
雨宮さんの生き方は、ご自分でもおっしゃっているけど、とても贅沢です。けれど、その分同じ位の振れ幅で陰もあります。
女子の皆さん、どうぞ泣いてください。

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西の魔女が死んだ

こんにちは。暑いですね~。

昨夜久しぶりに行ったスポーツクラブのスタジオレッスンで「ファイティング・シェイプ」というのをやりました。ボクシングの動きを取り入れた脂肪燃焼系のレッスンなのですが、本当に辛かったsweat02途中、目の前が真っ白になりました。。。コンタクトがズレたのでは?と一瞬思いましたが、違いました。その後吐き気と眩暈がしました。ずーっと動き続けるのですよ!ひたすら。まるでトレーニングをしないまま、フルマラソンをしたかのような気分でした。おかげで昨夜は放心状態のまま何もできずに爆睡ですhappy01

あっ、今日は本のお話です。「西の魔女が死んだ」映画化もされているので、観た方もいるかもしれません(私は観ていません)。本はこちら

中学生になったばかりの女の子まいが登校拒否になり、その間を西の魔女こと母親の母、つまりおばあちゃんの家に預けられ、生きる上で大切なことを教えてもらう、という物語です。それは、とても基本的なことばかりで、例えば、朝早く起きるとか、ジャムの作り方とか、ベッドメイキングの仕方だとか。。。でも、生きることの本質をついています。おばあちゃんの家系はイギリスで魔女の家系でした。魔女とは、魔法を使ったり、箒で空を飛んだりとかではなくて、もっとスピリチュアルな意味です。人を愛し、自分の人生も愛し、真実に目を向けて生きる、というシンプルで現代では難しい教えです。

「自分の見ようと決めたものを見るように訓練すること」。魔女の教えはすべて、自分で決めること、意志の力を強くすること。すると人生は自分の思い通りになる。見たいものが見えるようになり、聞きたいことが聞こえるようになる。私は読んでいて、この言葉たちにはっとしました。心の声に耳を傾ける。意外と難しいですね。

物語は、題名のとおり、おばちゃんが亡くなって終わります。たとえ、姿形はなくなっても、まいへの愛情はたっぷりと遺して。すべては愛なのですね。何事も。

さて、この「西の魔女が死んだ」の映画の主題歌は、手嶌葵さんが歌っています。彼女はジブリ作品の「ゲド戦記」の時も歌ってましたね。穏やかで哀しい歌声で、「ゲド戦記」そのものよりも彼女の歌声が印象に残りました。主人公の孤独感がよく伝わってきたと思います。今回の「虹」という曲は、歌詞は前向きなものだけど、彼女の持つ優しい、透明感のある歌声がしみじみと胸に響く良い曲になっていました。きっと映画もステキだろう、と思います。ちょうどまいと同じくらいの女の子達に観てほしい、読んでほしい作品です。

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